「万葉の時をこえて」。駅の地図に引かれ近江神宮前駅で下車。駅の周辺に点在する内裏の回廊跡など近江大津宮錦織(にしこおり)遺跡を巡り、大津京をしのぶ。山手に上がると皇子山古墳がある。4世紀後半の県内で最も古い前方後方墳だとか。桜の木の間を登ると頂上に城跡のような石垣が見えてきた。古墳は2段式で斜面が葺石(ふきいし)で覆われ、まるでピラミッド状基壇だった=写真1。
淡海の海夕波千鳥汝(な)が鳴けば 心もしのにいにしへ思ほゆ(巻3)
近江神宮の専門学校内に立つ柿本人麻呂の歌碑を思い、南に向かう。皇子が丘公園を横切り、桧皮葺(ひわだぶ)きが美しい新羅善神堂(国宝)など歴史の道をたどって大津市役所に。ここに目指す歌碑があった=写真2。
さゞなみの志賀の大わだ淀むとも 昔の人に亦(また)も逢はめやも(巻1)
人麻呂が荒れ果てた大津京を訪れたときに歌った1首で、時計塔の基部、90センチ大の黒い球形の石に刻まれている。1967年、現庁舎竣工のときに据えられた。
昭和以前の琵琶湖岸は、西大津以南は京阪電鉄の線路際だった。「当時、湖岸は私有地が多く、大津京近くの市役所前が選ばれたのでしょう」と中森洋・同市文化財保護課長は推測する。
さらに南下、長等公園から東海道自然歩道を通り逢坂山の関跡を目指す。茂みの中を進むと突然左手が開け湖が視界に。正面に三上山、沖島まで見えた=写真3。
相坂をうち出でて見れば淡海の海 白木綿(しらゆう)花に波立ち渡る(巻13)
古人も眺めたであろうきらきらとした湖面をしばらく見つめていた。
◆次号の6月6日号から体験ものやテーマパーク巡りなど、新しい「ひとある記」をお送りします。