UPDATE 2006年9月27日

Vol.179:塩津海道と奥びわ湖水の駅(西浅井町塩津浜)

北国へ物と人が往来した道

 
 北陸と京都、大阪を結ぶ琵琶湖水運の拠点として栄えた琵琶湖最北端に位置する塩津浜。「塩のない近江の地に塩が入ってくる港(津)」というのが地名の由来の一説。江戸時代に琵琶湖独特の帆船「丸子船」の基地として繁栄したまちを巡った。
 北国から敦賀をへて深坂、沓掛、余、塩津中そして塩津浜まで人や海産物などの物資が往来していた塩津海道。道沿いに宿屋や問屋だったという建物が数軒だが今も残っていて、宿場町として栄えたかつての雰囲気がしのばれる=写真1。
 

 1834(天保5)年に奉納された「常夜燈」から車で10分ほど北上すると、同海道の道筋の中でもっとも難所とされていた深坂峠=写真2=の入り口についた。この峠に何度も運河を通そうとする計画が立てられたがついに実現することはなかった。
 平安末期には、平清盛らも計画を立てた。大岩を割ろうとした作業員が突然腹痛になり、不思議に思って岩を掘り起こしたところ、お地蔵様が出てきたため、工事が中止されたという。「深坂地蔵」、別名「掘止め地蔵」として地元の人たちの手により今も大切に守られている。
 県境を確認し、来た道を戻ると「奥びわ湖水の駅」=写真3=(0749・88・0848)を見つけた。水運の町として発展してきたことから名付けられた同駅。「同町でとれ、加工されたもの」にこだわり新鮮野菜などが販売されている。中でも「鴨そば」(500円)は真鴨(まがも)の養殖地として知られる同町の鴨肉と小エビのかき揚げがのったそばで、多い日で200〜300杯売れるという人気商品だ。
 歴史の深みと自然の恩恵を感じながら半日の旅を終えた。
 
 
海道町並み、奥びわ湖水の駅は、JR近江塩津駅からバスで約5分。

※この記事は、朝日新聞読者にお届けしている
「あいあいAI 滋賀」に掲載されたものの転載です。


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