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Vol.170:大溝城跡周辺(高島市勝野)
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安土の対岸に信長の甥の城
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織田信長が安土城を築いたのと同じころ、その対岸に琵琶湖と内湖(乙女ケ池)を巧みに取り組んだ大溝城が築かれた。明智光秀の設計と伝えられ、信長の甥(おい)である織田信澄(のぶずみ)が初代城主であった。当時の石が残る大溝城跡とその周辺を、地元の観光ボランティアガイド荒木良弘さん(80)の案内で歩いた。
高島総合病院の裏手の道を進むと、ほどなく緑の中に大溝城の本丸跡=写真1=が現れた。信澄は信長の側近として活躍していたが、「本能寺の変」後、妻が光秀の娘だったことから嫌疑がかかり、自害。やがて城は解体、資材は船で湖上を渡り、甲賀市水口の岡山城に使われた。桜の木が茂る本丸跡からは入り江が見渡され、戦国時代の栄華がしのばれた。
城跡から乙女ケ池=写真2=に沿って細い道を南下する。乙女ケ池は、波で砂がうち寄せられ自然に形成された地形で、現在周囲は約1500メートルあるという。 |
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かつては大溝城の外堀の役目も果たしていた。池沿いに歩くと、水田の向こうにJR湖西線の電車が走り、のどかな風景が広がる。時折「グォーグォー」というウシガエルの鳴き声に驚く。親子連れで散歩したり、池で釣りを楽しむ姿があった。
高島を一望できる場所があるというので足を運んだ。打下(うちおろし)集落近くの日吉神社から山手にある上水道配水施設を目指す。5年前、施設の工事中に古代人骨の入った石棺が発見されたところで、古墳跡が残っている(人骨のレプリカが高島歴史民俗資料館にある)。古墳の向こうには、高島の町並みと琵琶湖がどこまでも続いており=写真3=、延々と広がる豊かな湖に初夏の暑さも一瞬忘れた。 |
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大溝城跡、乙女ケ池へはJR近江高島駅から徒歩約5分。問い合わせは、高島観光協会(0740・36・8135)へ。
※この記事は、朝日新聞読者にお届けしている
「あいあいAI 滋賀」に掲載されたものの転載です。
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