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近江八景「瀬田の夕照(せきしょう)」からなぞられた、瀬田川東岸を走る「夕照の道」。地元の歴史に触れながら散策を楽しんだ。
瀬田の唐橋を渡り北に歩くとすぐの「夕照山西光寺」の門前には1896年に起こった琵琶湖大洪水の洪水跡を記した石標が立っている=写真1。瀬田川は琵琶湖から流出する唯一の河川であるため、大雨が降ると湖水があふれ、沿岸は幾度となく浸水被害に悩まされていた。同大洪水では湖水位がプラス3.76mにも達し、浸水日数は237日にも及んだという。石標は前住職の故獅子堂正隆さんが、瀬田の記録として残そうと建てたものだ。長男正徳さんの妻正子さんは「地元の子どもたちも石標を見て学習しています。父の瀬田に対する思いが伝われば、幸いです」と話してくれた。

道を渡った、川沿いの公園には芭蕉の句碑が立っていた=写真2。「五月雨に隠れぬものや瀬田の橋」。琵琶湖やあたりのすべてがかすんでいる中で、さすがに瀬田の唐橋だけは、雨にも隠されることなく、長々と横たわって見えていると讃(たた)えているそうだ。
きらきら光る瀬田川の流れに目を向けながら更に北へ歩くと「瀬田しじみあります」と書かれた看板=写真3=を発見した。瀬田町漁業協同組合の事務所だった。「子どもの頃は足元を手で掻(か)くと5、6個はすぐに取れた。一気に数が減ってしまって、日によってあがりが違うので、予約してもらっています」と同組合長理事の吉田守さん(60)。「ここらの人は生活の真ん中に瀬田川があった。瀬田川は母みたいなもんで、愛情に包み込まれて守られている感じがする」。吉田さんとともに瀬田川の恩恵にしばらく思いをはせた。 |