UPDATE 2006年4月14日

Vol.163:酒波寺(高島市今津町酒波)


古寺門前にエドヒガン古木

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 3月27日が「さくらの日」というのはご存じだろうか。「3(さ)×9(く)=27」の語呂合わせと桜の開花時期とを重ねて「桜咲く=27」と、日本さくらの会が設定した。27日に彼岸のころに咲くといわれる彼岸桜の一つ、「エドヒガン」を求め、酒波寺に足を運んだ=写真1。スキー場で有名な箱館山のすその、のどかな田園風景が連なる中に酒波寺はあった。参道の両側には、まだ小さなつぼみのままの桜並木が続いている。山門に至る石段の途中に樹齢約500年ともいわれる立派な「エドヒガン」がある=写真2。彼岸は過ぎたものの、開花はまだ先の様子だ。

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 館の資料によると、宗廣は1572年、甲良大工の名門家に生まれ、京都の建仁寺で修行を積んだ。家康の伏見邸や吉田神社などの造営の功績が認められ、慶長9年に32歳で江戸へ。作事方大棟梁(とうりょう)として江戸城天守閣や日光東照宮を完成させ、以来甲良家は10代にわたり幕府に重用された。

 出迎えてくれた65世住職の佐藤宥樞(ゆうすう)さん(67)は「今年の大雪で枝の半分を失ってしまい、寂しい」と話してくれた。それでも、満開になるととても見応えはありそうだ。740(天平12)年に行基によって開基された。当時は、49の寺院が東西約2km、南北約1kmに及ぶ大伽藍(だいがらん)であったという。浅井長政の寄進を受け「北比叡」とも称されていたが、1572(元亀3)年に織田信長の兵火に遭い、諸堂伽藍が焼失した。江戸時代初期に再興、元禄年間から川上庄18カ村の祈願寺として、現在に至っている。同寺には、焼失前の様子を描いた「青蓮山酒波寺寺院古絵図」が残されていた=写真3。今なお夕方と午後9時の時報を告げる梵鐘(ぼんしょう)、様々な歴史など、酒波寺の魅力を堪能することが出来た1日だった。

酒波寺(0740・22・0338)へは、JR湖西線近江今津から近江バス酒波口下車、徒歩5分。

※この記事は、朝日新聞読者にお届けしている
「あいあいAI 滋賀」に掲載されたものの転載です。


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