姫路から車で100分、但馬の小京都・出石。寺が多く古い町家が残り、町割りが碁盤の目のようになっているところからそう呼ばれるという。観光客でにぎわう初冬の城下町を歩いた。
まずは出石城跡へ。幾重にも連なる鳥居の朱色が鮮やか(写真1)。息が白く見えるほど寒い日だったが、階段を上るうちに体が温まってきた。鳥のさえずりが聞こえる静かな稲荷神社境内から、かつての城下町を一望した。
本丸跡にある感応殿という祠(ほこら)横に「出石そば発祥の由来」の碑文を見つけた。1706年、信州上田の仙石氏と出石の松平氏の国替えがあり、その際、仙石氏が信州一のそば打ち名人を連れて出石に入り、この地に広めたとあった。ここには仙石氏の藩祖、権兵衛秀久公がまつられているという。祠裏では紅葉が見ごろを迎えていた。
城跡からも見えた、出石のシンボル辰鼓楼(しんころう=写真2)は、藩士が登城する辰(たつ)の刻(午前8時)を告げるために太鼓を打ち鳴らしていたという。後に時計台として親しまれ、現在は3代目が時を刻んでいる。
城跡から歩いて15分ほどで、宗鏡寺(すきょうじ)に着いた。入佐山のふもとにあり、1392年ごろに創立されたと伝えられる。山陰唯一の伽藍(がらん)を誇っていたが、織田信長による第2次但馬征伐で寺も荒廃したといわれる。それを中興したのがタクアン漬けを広めたことで知られる沢庵和尚。和尚が作ったとされる「鶴亀の庭」(写真3)は見事だった。前日の雨でしっとり濡(ぬ)れた庭には趣があり、何度もシャッターを切る観光客の姿も見られた。
出石の歴史や人物については、市立出石史料館(火曜休館)、明治館(月曜休館)、家老屋敷などを巡るとよく分かる。3館共通の入館券(300円)もある。
出石といえば、皿そば。お昼にいただいた(写真4)。出石町内にある出石そばの店は46軒。家老屋敷の裏手にある入佐屋では「ひき方の違う2種のそば粉(国内産)を使うのがこだわり」と店主の片岡徹さん(43)。2皿目まではネギとわさびだけで食べ、3皿目からは山芋や鶏卵などの薬味を入れて味わうのが一般的とか。そばの奥深さにも少し触れた。