戦国武将・織田信長の子孫が統治していた丹波市柏原町。市立柏原歴史民俗資料館と国の史跡に指定されている柏原藩陣屋跡を訪れ、柏原藩を再興した織田家10代の足跡を訪ねた。
1990年に開館した市立柏原歴史民俗資料館は、JR福知山線・柏原駅から北東へ車で5分。白壁、瓦屋根の館内には、織田家の子孫から旧柏原町に寄贈された織田家伝来の資料など、約5000点の収蔵品の一部が展示されている。
柏原藩は1582年の本能寺の変から16年後、信長の弟・信包(のぶかね)が柏原を本拠にしたのが起こり。孫の信勝に世継ぎがなく3代で断絶したが、信長の子・信雄(のぶかつ)の子孫である信休(のぶやす)が、大和国より国替えになり、1695年に再興した。
展示品で目を引くのは、信休から数えて4代目の藩主・信憑(のぶより)が1807年に作らせたという「柏原藩家中図」(写真1)。大きさが2メートル四方ほどもある絵図だ。藩士の屋敷地部分には名前、坪数が書かれているが、陣屋(城を持たない大名などの屋敷)部分は空白。藩主の居住地については、軍事上の秘密だったことをうかがわせる。この陣屋は火災で焼失したが、その復元模型(写真2)が作られている。陣屋跡を訪ねる前に、見ておけば参考になる。
同資料館の向かいが柏原藩陣屋跡。信休が1714年に建てたが、1816年に焼失した。しかし、火災を免れた長屋門(写真3)は、約300年前の当時の姿を保っている。門の奥に建つのは、焼失の2年後に再建された陣屋の一部・表御殿。桧皮葺(ひわだぶき)の屋根に千鳥破風、軒唐破風を施した玄関が重厚な雰囲気をただよわせている(写真4)。破風の中央には柏原藩織田氏を表す細瓜紋(ほそかもん)が見える。内部は大床のある玄関之間、使者之間、書院之間などが並んでいる。
廃藩置県で陣屋としての役割を終えた1871年以後、小学校などとして使われ、一時は校舎として2階が増築されたこともあるという。その名残か、今も小学校が隣接。かつて侍が出入りしていただろう場所は、子どもらの可愛い声が響くのどかな空間になっていた。
なお、資料館の玄関ロビーわきは97年に増設した「田ステ女記念館」。柏原出身の女性俳人・田(でん)ステの資料約200点を展示している 。
■丹波市立柏原歴史民俗資料館/田ステ女記念館
0795・73・0177
大人200円、中高生100円、小学生50円(いずれも陣屋跡の入場料を含む)。月曜休館。陣屋跡は9月から来年1月まで、修復工事のため見学ができなくなる。