銀山として知られた生野鉱山(朝来市生野町)と姫路市の飾磨港(約49キロ)を結んだ馬車専用の「銀の馬車道」。明治時代の約20年間、鉱物や物資の輸送に活躍して役目を終えた道路が最近になって見直されている。現在はほとんどが国道312号や県道になっているため、ウオーキングマップが作られ、学生らによる探検隊も結成された。130年前の雰囲気を訪ねて馬車道の一部、帰り道になる姫路市砥堀から神崎郡福崎町までの約15キロを北へ向かって歩いてみた。
JR播但線・砥堀駅から小さな道を約10分歩くと、市川沿いに馬車道修築の石碑と馬車道の説明看板(写真1)がある。バス道を約40分、金竹交差点を直進すると緩く長い登りに入る。左手の甲山(109メートル)に見える甲八幡神社の大鳥居に励まされながら歩いた。
県中播磨県民局の資料や、市川流域アメニティ推進協議会などによると、馬車道はフランス人技師を迎えて1873年に着工し、3年後に完成した。水田より60センチ高い幅約6メートルの道路だった。1895年の播但線開通まで活躍。「日本初の高速道路」とも言われている。
金竹交差点から約25分で、1832年に立てられた道標のある分岐点。道標が示す「たじま・志そう」方面へ左折し、馬橋(写真2)を渡って船津瓦発祥の地・船津町(姫路市)へ。道標から40分ほどで、小さなお堂のある上中島公民館前に到着。ようやく福崎町に入った。ここまでは日陰がなかったので、お堂の軒下はひと休みにはピッタリだった。
さらに姫ケ池、西光寺交差点、金垣内池を過ぎ、石仏道標を横目に左へカーブすると田尻交差点。一番奥の道へ進み、次のY字路を右へ行くと、日本の民俗学を開拓した柳田国男生誕の地として知られる辻川地区。出発から約2時間15分たっていた。空腹のうえに足もヘトヘト。
12年前に開館した「もちむぎのやかた」で、福崎特産のもちむぎ麺(めん)、ほんのり甘いもちむぎソフトで元気を付けて再出発。目前の柳田国男の生家(写真3)、「柳田国男・松岡家 顕彰会記念館」、神崎郡歴史民俗資料館も訪ねた。
ここから西へ行くと福崎駅。播但線の駅にして4区間歩いたことになる。まだ元気のある人は、少し北上して国道312号線沿い、市川町との境となる月見橋へ。ここが福崎町の銀の馬車道の終着点だ。生野銀山へは車でさらに1時間。重い荷物を運ぶ馬車なら何時間かかっただろうか。