更新日:2007年2月2日
Vol.188:感状山城跡で城主気分(相生市)
写真1 写真2 写真3 地図

標高301メートル、眼下に山々

 相生市矢野町の瓜生地区と森地区にまたがってそびえる感状山上に、国指定史跡「感状山城跡」がある。播磨では代表的な中世山城の遺構といわれ、規模も大きく、眺望も良いというので登ってみた。
 姫路から車で約1時間。西播磨丘陵県立自然公園内の「羅漢の里」に着いた。敷地内の「いこいの広場」を過ぎ、少し歩くと分かれ道。直進すると羅漢石仏、感状山城跡へは右へ進んで550メートルだ。整備された幅の広い道は登りやすく、鮮やかなヤマツバキの花を愛(め)でる余裕も。城跡への道は薄暗いイメージだったが、取材した1月半ばは晴天で日光が降り注いでいた。
 城跡の手前200メートルには、また分岐点。大手門は後の楽しみに残し、物見岩を目指して直進する。この辺りから、自然岩をうまく取り入れた石段が姿を現す。物見岩も立派な巨石で、その名の通り、上に立つと下の道や集落が見渡せる。ここから先が、ようやく城跡らしい雰囲気。礎石が残るV曲輪(くるわ=城などの周囲に築いた土や石の囲い。城郭)群からは、西の羅漢渓が美しい。北上すると、道沿いに木々に埋もれた腰曲輪群がある。西側は山の傾斜が比較的穏やかなので、防御上曲輪が多いようだ。
 道なりに進み、北曲輪群を通ってT曲輪に到着(写真1)。ここで、初めて訪れたという姫路市の赤木宏さん夫妻に出会った。定年退職後、好きな城郭めぐりを楽しんでいるそうだ。近世の本丸に相当するT曲輪は標高301メートル。「(朝来市の)竹田城も良いけど、ここも良い眺めやね」。西側とは反対に東側は絶壁状態。周りの山々を眼下に従え、殿様気分が味わえる。
 T曲輪、U曲輪を過ぎ、野面積みの石垣が状態良く残る南曲輪群(写真2)へ。V曲輪群方面へもどり、手前で南へ向くと井戸跡、大手門跡だ。ここからも登山道へ下れるが少し足元が危ない。自信のない人は来た道から帰ろう。
 建武年間(1334−1336年)、足利尊氏を追討する新田義貞の軍勢を赤松円心の三男・則祐がこの地で足止めし、尊氏に反撃の機会を与えた。その戦功をたたえ、尊氏が則祐に賞状=感状を与えたことが感状山の名の由来という。
 この城の興亡、地元集落の移り変わりを見てきたであろう、推定樹齢600年超の老木(写真3)が感状山城の南・矢野川沿いにある。人が両腕を広げたような枝ぶりで、地元では「矢野の大ムクノキ」と親しまれている。1973年に県の天然記念物に指定された。 

※この記事は、朝日新聞読者にお届けしている「あいあいAI 」(播州)に掲載されたものの転載です。

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