
西宮市の名塩(なじお)といえば、山を切り開いてできたニュータウンというイメージ。駅と住宅地をつなぐ長大なエレベーターも有名だ。だが、江戸時代には「名塩千軒」と言われるほど隆盛を誇った手漉(す)き和紙の産地だった。新旧がうまく溶け合った町を歩いた。
JR宝塚線の西宮名塩駅を降りるとすぐ目の前に長い長いエレベーターが見える(写真1)。1991年に「住む」「働く」「学ぶ」「憩う」ためのニュータウン「創造の丘ナシオン」の住民のためにつくられた。駅前から住宅地側の終点まで約145m、高低差57m。傾斜が23度の山の斜面にある。建設当時は西日本一長い斜行エレベーターとして話題になった。2基ある。
高台のマンションに住む人たちの生活には欠かせない。2002年10月の調査では1日約3000人が利用していた。空調も完備し、快適な乗り心地だ。
駅を隔てた反対側は緑が生い茂る山。ニュータウンとはまったく別の顔を見せる。山道を15分ほど歩くと、古い家並みを見下ろす高台に白い太鼓楼(写真2)が見えた。「名塩御坊」と呼ばれる「教行寺」だ。1475(文明7)年、蓮如上人が草庵を設けたといわれている。
境内にある保育園から聞こえる子どもたちの元気な声を背に少し歩くと、「名塩和紙学習館」。名塩和紙の歴史を、資料で学ぶことができる(写真3)。1600年代の初めに越前から伝わったとされる名塩和紙の特徴は、コウゾやミツマタではなく、原料にガンピが使われていること。また、地元で産出する泥土を混ぜ、「溜漉(ためすき)」という手法を採り入れているのも特徴のひとつ。泥土の影響で日焼けや染みにも強くなり、江戸時代には各地で藩札の紙として使われていた。その後の洋紙の台頭で名塩和紙を作る家は減ったが、今でもその伝統は受け継がれている。
学習館から5分ほど歩いたところにある「谷徳製紙所」では、2代目の人間国宝、谷野武信さんが「名塩雁皮紙」を守っている。事前に連絡をすれば、谷野さんの「匠の技」を見学することもできる。
和紙の歴史と技術を堪能した後は、緒方洪庵の弟子、伊藤慎蔵が1862(文久2)年に開いた名塩蘭学塾跡(写真4)のある「蘭学通り」へ。ノスタルジックな町並みが心を落ち着かせてくれた。
■教行寺(0797・61・0639)。
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名塩和紙学習館(0797・61・0880)
月曜休館。見学無料。紙すき体験は希望月の2カ月前に予約が必要(10人以上から)
■谷徳製紙所(0797・61・0224)。